売れない時代の消費を見極める 〜顧客行動の変化:消費の現実〜

執筆者:株式会社ユーティル 取締役最高顧問 宇田川信雄(うだがわのぶお)

 

 日本人の消費の現場に異変が起きています。特にこの10年は“モノが売れない時代”と言われています。高度成長期を支えた人口の増加は止まり、少子高齢化が急速に進み国内成長の基盤を揺るがし始めました。またグローバル経済の変革や金融危機の影響を受け、“国民所得は減り、雇用が不安定になり、社会保障への将来不安が消費を抑制し貯蓄に走らせる”といった、まさに負のスパイラルが進行しています。

  また、高度成長期に見られた、安易にモノを買い続ける消費行動が生活の隅々にまでモノを行き渡らせた結果、“一通りのモノは持っており、特に買う必要を感じるものがない”といった欲求の減退も、モノを売れなくしている要因の一つかもしれません。

  しかし、生活者は本当にモノを買わなくなったのでしょうか?この時代にも売れているモノはないのでしょうか?今までの“売り方”や“モノ”に対して簡単に手を出さなくなった生活者の実態と、何がマーケットで起きているのかを、消費の意識や行動から探ります。

 

消費の変化

 バブル崩壊後の20年、特に直近の10年で消費の形態が変わってきたことは歴然とした事実でしょう。モノを買わなくなった理由としては、 “そんなにお金を持っていない”、“雇用も不安定”、“友人が買わないから、自分も買わない”、そして、“そんなモノは自分には必要ない”など様々ありますが、同時に、消費者は価格と価値のバランスを重要視し、また、必要なモノと必要でないモノの線引きを明確に行うようになったということは見逃してはならない事実です。これは若年層だけにとどまらず、多くの消費者のマインドの中で消費基準が変化してきている表れなのです。

 インターネットを開けば、“どの商品をどこで買えば一番安いか”が瞬時に分かってしまう時代です。特に、高額な商品はネットを駆使するにとどまらず、時間をかけて店頭をまわり、「価値あるものを納得できる価格で買う」ことが当たり前になっているのです。

 市場には、生活者の価値観や趣味嗜好の多様化を満たすための商品が溢れています。ところが、企画段階で期待した数量が売れるような“モノ創り”が難しい時代になっています。ITや一部の消費財を除き大型のヒット商品が少なくなる一方、予測を超えて突然ヒットし、生産が間に合わずに一時的に販売中止となり、販売を再開したらそれほど売れないというような、短期寿命で次の商品に目が移っていくといったメーカーのコントロールを超えた商品の販売実態を最近よく目にします。この背景には生活者の購買行動プロセスを解説した「AISAS」の二つの「S」、“Search:情報検索”と“Share:情報共有”を支えるITインフラ内の“口コミ威力”が大きく反映されていると思われます。

 

過去の20年に起きた変化と日本が失ったもの

 日本が低成長経済国に変わったこと、それに伴って生まれた、“強い国から弱い国になってしまったみたい”という意識が国民のマインドを全般的に冷やしたのがこれまでの20年間であったように思います。強い日本を知らない世代が増えているのです。それでは、具体的にどんな出来事や変化があったのでしょうか。一部を以下に紹介します。

◆ 低迷する日本経済:

  • 1989年末に日経平均株価が最高値の38,957円を付けてから20年、株価は9,500円と当時の4分の1以下に下落。
  • 1996年に300兆円余りだった政府債務の総額が900兆円(2010年6月現在)を超えて、名目GDP(475兆円:2010年)の2倍近くに膨張。
  • 消費者物価指数は1991年に対前年比3.3%を記録して以来、1997年の1.8%と2008年の1.4%を除き、直近の10年はマイナス成長を続け、2009年には-1.4%を記録するといった、まさにデフレーションが深く進行。
  • 輸出需要創出の機軸であった自動車や家電産業が競争力を弱め(為替及び競合外国企業の台頭で弱まる製品差別化)、外需依存型経済に大きな危機感。
  • 欧米諸国で、“年単位ではなく月単位で首相が入れ替わる国”と揶揄されるほど不安定で国民生活とかけ離れた政治基盤。
  • 金融資産1億円以上を保有する富裕層が人口の1.3%、150万人以上いると言われる一方で、世帯収入が200万円以下の低所得層が全体の16%近くに拡大(厚労省2009年10月発表)するといった、格差社会の進行。

◆ 急激に進む少子高齢化:

  • 高齢者(65歳以上)人口が全体の23%を超え、団塊及び団塊Jr世代では1年齢あたり200万人前後であった人口が、100万台前半に落ち込む。
    • 結果として、将来的な育児、教育、結婚、住宅費用の絶対的な低下を生みだすと推測されると共に、物持ち世代である高齢者の買い物意識の低さが内需低迷の要因になっている。
    • また、労働人口は1998年の6,800万人をピークに、現在では6,600万人を割り込み、潜在消費(購買)力低下の要因になっている。

◆ 流通環境:

  • 老舗デパートは青息吐息で、2009年の売上高は1983年以来26年ぶりの低水準を記録、また、全国のスーパーマーケットの2009年度の売上高も1988年以来21年ぶりに13兆円を下回り、大型流通形態に多くの変化が見られる。
    • 欧米型大型スーパーの筆頭であったダイエーがそのポジションを落とし、イトーヨーカドーとイオングループの2社独占に移行。また、生活者意識の変化と品質の向上に伴いPB商品が急激に売上を伸張。
    • 継続して売上を落としている百貨店に代表される総合商品販売店が衰退する反面、アパレルや家電、そして外食産業においても専門店化が進み、また、郊外型アウトレットモールが乱立。

◆ 消費者意識の変革:

  • 格差社会が元々存在していたとはいえ、富裕層と低所得層が共に拡大し、消費行動の多くの側面に変化が見られる。
    • 富裕層のあいだで高級・高額なモノの売れ行きが好調(億ションはすぐに完売)な反面、お金を持っているのに“なんとなく使わない”人たちが増加。
    • 低価格のファッションやインテリア・家具店が増加し、生活者の低価格志向を刺激。
    • “巣ごもリッチ(外食を減らし、家で食べる食材にお金をかける人)”を背景に売上げを伸ばす高級スーパー。

 上記は平成の20年間、特に最近10年間に生じた出来事のほんの一部ですが、これらを通じて日本の生活者意識はどの様に変化しているのでしょうか?生活者の“モノの買い方心理”を探ることを目的に、全国の20歳〜65歳の男女1,000人を対象にネットリサーチを実施した結果をご紹介します。

 

意識調査が示唆する日本の消費者意識

 調査結果全体を俯瞰してみると、バブル経済崩壊以後20年にわたって起こった消費マインドの変化が、一昨年のリーマンショックや今年の春に表面化したヨーロッパ諸国の財務危機を経て更に冷え始めているように思えます。そして、消費マインドの冷えは将来不安に対する生活防衛意識の高まりを背景にしている事がはっきりと窺えます。但し、生活実感や消費態度、また、生活防衛意識は特定のグループ間、例えば職業や所得で違いが見られ、必ずしも生活者全体に言える事ではないようです。

 詳細は調査結果の要約で触れますが、最近の経済環境を反映してか“自営業者”におけるマインドの冷えや生活防衛意識は非常に高く、一方で、高額所得者層においてそれほど深刻でない姿が散見できます。

 

消費意識調査の結果

◆ 生活実感

 「以前と比較して生活が低下したかどうか」について回答してもらったところ、“どちらとも言えない”という回答が44%あるものの、回答者全体の43%が“以前に比べ生活が低下した”と答えており、生活者の生活実感は益々低下しているようです。生活実感の低下は収入の減少との相関が高くなっており、また、節約意識の高まりを呼び込むと共に、全体の半数近くが貯蓄をしていない実態の背景となっています。

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  • “収入の減少”は、生活が低下したと答えた人の中で84%、変わらないと答えた人の中で43%、そして生活が向上した人の中では22%と、生活実感と収入に直接的な因果関係が見えます。
  • 生活が低下したと答えた人の92%が“将来に不安がある”と回答。なお“将来不安”は生活実感回答のどのレベルでもそれなりに高くなっており、変わらないと答えた人の中でも72%、生活が向上したと答えた人の中でも60%が不安を感じています。
  • “節約意識”も将来不安と同じ傾向を見せ、低下したグループで80%、変わらないで64%、そして、向上したグループでも64%が“節約意識が高まった”と答えています。

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◆ 将来不安材料

 将来に不安を持っている回答者は、8割もいます。以下の表は将来の不安要素を具体的に示したものですが、健康、家族の介護、政治動向、そして地球温暖化を抑え、トップ10の不安要素の6つが経済関連の項目となっており、現在の生活者心理を色濃く反映しています。

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 赤文字:経済関連、青文字:生活関連、緑文字:政治・社会関連)

 

◆ 買い物行動変化

 “衝動買い”や“買い物1回当たりの金額”、“買い物の頻度”が減少し、同時に“買い控え”や“通販/ネット販売の利用”が増加傾向にあることが読み取れます。つまり、意識して「買い物を抑えている」生活者の姿が浮かび上がってきます。

 また、ローンの利用は65%が“変わらない”としているものの、30%の回答者が“減った”と答え、将来を踏まえた生活防衛の一面が垣間見られます。

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 また最近の買い方の変化をより具体的に見てみると、増えたものとしてスーパーやコンビニのPB商品の購入、セルフガソリンスタンド、省エネ商品の購入、そしてディスカウントストアの利用があり、逆に減ったものとしては、外食費、理容室・美容室の使用、デパート、預金、趣味にかける費用、国内旅行、そしてブランド品の購入などが挙げられています。

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◆買い控え

 買いたいけど買わずに我慢しているモノには、家電/AV機器、ファッション商品、趣味関係、国内旅行、家具/インテリア製品、そして海外旅行があります。

 我慢している理由としては、“直面する経済的理由”が60%と一番大きいものの、次に“将来の蓄えに備えて”が21%、また、14%が“なんとなく”と答えており、社会全体の消費マインドの冷えを反映して、なんとなく買わなくなってきている生活者の姿も垣間見られます。この傾向は高額所得者層でも見られ、現在のような経済環境化で自分だけが派手に消費をする事へのためらいが感じられます。

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◆ 品質/ブランド&メーカー vs. 価格のトレードオフ

 そして、物品やサービスの購入に際して、生活者は「価格」とブランドやメーカーとのトレードオフは許容するが、品質に対する妥協には抵抗のある意識が窺えます。特に、高額(医療、家電/AV機器、住居、乗用車、そしてインターネットやパソコン)な商品に関して顕著です。

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◆ 衝動買い

 半数以上が以下のグラフに見える商品を衝動買いしており、消費マインドが冷えているにもかかわらず、衝動買いが一定のレベルで起きていることが窺えます。個体差はあるでしょうが、大量消費を経験した社会においては、衝動買いは消費マインドの中に植えつけられてしまった、後戻りできない人間の欲求(欲望)のように思えます。

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【属性間の差異】

◆ 自営業者のマインド

 他の属性グループと比較して、“自営業者”は、買い控え、買い物1回当たりの購入金額や買い物頻度の低下、そしてローン使用の減少、また具体的な項目においても外食費を含め全ての項目で全般より高い“減少率”を示し、厳しい現実が見て取れます。ここに日本の中小企業が苦しむ実態の一面が表れている様に思えます。

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◆所得間格差

 生活実感指標(生活実感、節約意識、収入の増減、貯蓄、将来不安)の全ての項目において世帯収入の違いにより顕著な差が見えます。特に、 300万円以下のグループでは買い物の仕方においても“減少した項目”が多く、特に減ったものとして、預金、コンビニ&ファストフード店の利用、そしてタクシーや高速道路の利用、また医療費などがあげられています。また、品質/ブランドやメーカーと「価格」とのトレードオフでは、非常に明確に“価格重視”が見て取れ、これらの背景には“直面する経済的理由”があると思われます。

□ 高額所得者層

 所得層の2極化が消費マインドの2極化を作り出している現状がはっきりと見て取れます。

  • 高額所得者層の買い物行動で特徴的なのが、通販・ネット販売の利用の増加です。また、最近した衝動買いではファション製品や国内旅行が多くなっています。
  • 品質/ブランドやメーカーと価格とのトレードオフでは、他の所得層との比較でハッキリと“品質やブランド&メーカー”を重視している姿が見て取れます。
  • 彼らの現在の興味は乗用車、ファッション製品、そして新型携帯IT機器にあると同時に、買うことを我慢しているモノが “特にない”という回答が他グループとの比較で高いのが特徴的です。
  • そして、買い控え(我慢しているモノ)の理由として、“なんとなく”が多いことから、先ほど触れた、「この経済環境化で自分だけが消費をする事へのためらい」が確認されました。

◆ 結論

 今回の調査では、“消費を科学する”所まで踏み込めませんでしたが、世間で言われている消費の実態が改めて浮き彫りにされたと思います。1年前の様々なマーケティングレポートを見返してみると、「ただ安いものを消費するのではなく、ライフスタイルへのこだわりや、環境意識、そして安全性重視の傾向が強まる」との記述が多く見られましたが、この調査結果を見る限り、想像した以上に高まる生活防衛意識を背景に日本人の消費マインドの冷えが進んでいるように感じました。

 但し、これらはあくまでも生活者の『買い方意識の変化であり、限定された数の生活者が本当にモノを買い難くなったことを除き、消費は確実に行われている』と考えます。確かに、衝動買いや1回のショッピングで支出する金額が減ってきたとはいえ、生活必需品の購入量が市場全体で減少するほどの地滑りは起きていません。消費の中身が変化してきていることは間違いないでしょうし、価格と品質の関係をより慎重に見極める生活者像が浮かび上がりましたが、同時に、生活が厳しい時代にあっても“心を豊かにする付加価値を商品に対し求める”生活者像が窺えました。また、低所得者層のマインドの冷えを解消する制度政策面での革新が早急に求められる事を改めて実感させられました。

 

 

売れない時代に消費を喚起する

 生活者が生活を続ける限り、モノを買わなくなるということは考えられません。モノが売れない時代と言われていても売れているモノは沢山あります。弁当箱、水筒、省エネ型家電、低燃費乗用車、LED電球、家電調理器具、自転車、iPad、iPhone、ニンテンドーDS、Wiiなど、“便利で節約に役立ちそう”、“なくても困らないけど楽しそう”、そして“地球にやさしいし、社会貢献してそう”というイメージが背景にありそうなモノが売れているようです。また、ユニクロの1,000円ジーンズやヒートテックが爆発的に売れ、低価格が魅力なニトリも売り上げを伸ばしています。モノが売れない時代“だからこそ”、売れている商品もあるのではないでしょうか?

 『売れない時代にモノを売る』ことは決して容易なことではないのですが、先の調査結果にも見られた生活者の買い方の変化を基盤に、製品開発の原点に返り、品質訴求と本物の付加価値の提供を徹底すること、そして、こういう時代背景に温かいマーケティング、『生活感を豊かに、心を豊かにする価値の提供』をテーマに企業努力を進めたらいかがでしょうか。シリーズの第9回で触れている、定性(質的)情報の徹底した読み込みで、生活者自身が言葉では表現出来ないが確実に顕在・潜在し、彼らの意識の中でうごめいている欲求(欲望)、“欲しいと思う製品/あったら幸せを感じる製品”の発見と開発に企業の皆様がトライし続けて行くことで、日本の生活者が豊かに、そして、幸せになれる事を願っています。

 

◆ 消費欲求の刺激

 最後になりましたが、売れない時代にマーケティング活動を進める上で、幾つかのポイントと提言をあげてみました。製品開発や販売促進のヒントにして頂けましたら幸いです。

  1. 生活者には生きるためのニーズを満たす基本の欲求があり、この分野の欲求を満たす製品が売れなくなることはありません。例えば、「お腹が空いたら食事をする、あるいは、夏になったら夏物の洋服を着る」などの生活必需品取得行動は不変のものです。そして、この行動をとる際により付加価値の高いモノを求める欲求(例えば、「どうせ食べるなら美味しいもの、服を買う必要を感じたら気に入った上質なもの」など)も変わらない人間の欲求でしょう。人間の本能的な消費(生活必需)を満たす商品に、より付加価値(同じ値段なのに上質、楽しい、気持ちよい、など)を付けて提供してみてください。
  2. 生活者の気持ちを豊かにしてあげられる、生活者自身が気づいていない商品を“定性情報の活用”で探しあて、消費の喚起(売る/買う)とは違うニュアンスから欲求を刺激することで商品販売に結びつけてください。“今までと違う”をキーワードに、生活革命に結びつく商品開発を心掛けてください。
  3. 生活者の購買の感性を変えてください。不景気を感じさせない明るい、そして消費に参加する事が意味ある行動である事を感じさせるマーケティング施策で購買を正当化させてください。例えば、環境面や健康面にアピールし、『地球のため、あるいは、家族や自分のため』といった、モノの消費からコトの消費に気持ちをもっていかせて、モノへの欲求から精神的満足欲求への転換をキーワードにしてみてください。
  4. 時代背景から生まれた消費トレンド(巣ごもり消費など)をより楽しく、そして豊かに支援する商品の提供を進めることは現在の経済環境化でのマーケティング活動としては大切でしょうが、この活動と平行して、“やっぱり本物は良いよね”という思いが伝わるコミュニケーション活動は日本を上向かせるために忘れてはいけないと思います。小さくまとまってしまうと次の飛躍が大変難しくなりそうです。夢の持てる社会作りを心掛けたいですね。 
  5.  “お金は天下の回り物”です。お金を持っている人が使わない限り皆に回ってきません。贅沢な消費に罪悪感を覚えていると思われる高所得層やモノ持ち世代の高齢者層に対し、彼らが景気高揚の先導者である事をそれとなく刺激して積極的な購買/消費を喚起してください。彼らの消費が低迷する日本経済復活の突破口になる事を願っています。
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