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失われた20年を取り戻せ 〜消費者インサイトをつかむ、定性調査の奨め!〜

執筆者:株式会社ユーティル 代表取締役社長 打田 光代(うちだ みつよ)

 

 90年代初頭のバブル崩壊以後、多くの企業でマーケティングコストが大幅に削減されました。マーケティングリサーチの予算も例外ではなく、事業仕分けよろしく、大幅なリサーチ予算カットが進みました。結果として、自社ブランド、商品のディストリビューション(配荷)、シェアなどのトレンドを追い続けるパネルリサーチや、新商品開発のための正統派リサーチが激減する反面、廉価で実施可能なインターネットリサーチが台頭しました。そして、2008年には、小売店頭での商品販売動向を定点観測するトラッキングデータの提供において世界的権威であったA.C.ニールセンが日本市場でこの分野のデータサービス事業から撤退するという大きなニュースもありました。つまり、90年から現在に至るまでの20年間にマーケティングリサーチの実態そのものが著しく変化してきたと共に、リサーチ技術やデータの読み方、リサーチ結果をアクションにつなげるためのノウハウが組織内でうまく伝承されず、政治や経済同様、この時期を称して「マーケティングリサーチの失われた20年」という認識がもたれています。

 「マーケティングリサーチの失われた20年」を経た結果、リサーチを実施したものの結果をどのように実際のマーケティング活動に反映して良いのかがわからず、データを目の前に立ち尽くしている企業も多いと聞きます。今までに何回も述べてきましたが、モノが簡単に売れない時代だからこそ、生活者が求める本質的な欲求をいち早く読み取り、商品作りや売り場作りに反映させていくことがマーケティング活動の中で大切なことなのです。ますます複雑化する生活者心理を読み解くワザの一端として、今回は、「生活者の本質的な欲求」を定量的に捉えるのではなく定性的(質的)に捉える方法について話を進めていきたいと思います。 



定性(質的)調査の成り立ち

 定性調査には、グループインタビュー(座談会方式で進めるインタビュー)、デプスインタビュー(一対一のインタビューで深層心理を解明)などが代表的な手法としてあげられます。これらの手法は、特に、グローバル企業が世界戦略を進める上で、文化的背景の違いによる生活者の嗜好性の違いやモノの価値判断の基準をそれぞれの国や地域ごとに把握するための効率的な手法として発展し、確立されてきました。

 日本でも外資系企業が日本人の嗜好を探る有効な手法として70年代末頃から徐々に広がり始めましたが、この発展過程でガウス生活心理研究所の油谷先生やマーケティングコンセプトハウスの梅澤先生が独自の手法や分析方法を開発され、これらの手法やモデルによって多くのヒット商品が世に送り出されて来ました。また、生活者の心理描写をより的確に判断するために、最近では行動観察をベースとしたエスノグラフィー(1)アイトラッキング調査(2)、電脳調査の応用までに発展し、少ないサンプルながらもその被験者の背景情報や“言葉として発せられた潜在的な意識”をあぶり出し、その中から生活者自身も気づいていないニーズやモチベーションを喚起するスイッチを発見し、マーケティング施策に反映させていこうという動きが活発になってきています。

 私が駆け出しのリサーチャーとして調査業界に入った80年代、まだ定性調査は日本ではそれほど大きな存在ではありませんでした。継続する経済成長のもと、市場の拡大を担ったマスマーケティング活動が主流だったため、定量調査で最大公約数を見つけ出し、一気にヒット商品を狙うことが可能な時代だったのです。

 具体的な例として、「人口統計に基づいて無作為に抽出された世帯の主婦100名に新商品を見せたところ、そのうちの50%が新商品の購入に興味をもってくれたので、この新商品を世に送り出せば、日本全国4,000万世帯のうちの半分が買ってくれる可能性があるから、この商品を100円で発売すれば、20億円の売上が予測されるので商品化しよう」というように、定量調査に基づき、統計学の理論からシンプルに“マーケティングディシジョン”が下されていたのです。

 今でこそ、経営(マーケティング)判断をする上で、生活者の商品興味ポイントや購入意識に対するきめ細かなニュアンスの確認や、より深い消費者インサイトが求められる時代になりましたが、80年代は日本の代表的な企業ですらグループインタビューを積極的に展開することはほとんどありませんでした。外資系企業が日本人の嗜好やニュアンスを知りたいというニーズが、日本文化を背景に成長してきた日本企業にとっては必要なかったことがその大きな理由のひとつだったのでしょう。ただし、新商品を開発する際、開発関係者が集まってその商品の可能性や魅力を語り合うだけではなく、まったく企業利害と関係のない一般生活者たちの反応や意見を聞くことが、開発者の思い込みを排除する意味でも重要な意味があること、そして、「生活者の感性に真摯に耳を傾けることのできる機会」と捉えるだけでも非常に大きな意味があると感じる企業も増えていきました。

 


 

(1)エスノグラフィー:文化人類学、社会学において行動観察とインタビューを繰り返しながら、行動様式や文化を明らかにする手法。家庭内での生活行動や店内での購買行動を観察し、本人も意識していない本質的なニーズや価値観を探る手法としてマーケティングにも応用されている。

(2)アイトラッキング調査:最適なウェブ画面や店内の棚割開発を目的として、機材を使って被験者の視線の動きを計測、分析し、何から見始めるのか、何を最も注視するのか、どのようなキャッチフレーズに目が留まり、興味を持つのかなどを明らかにする手法。

 

 



定性調査は、異文化を知り“生の声”を聞くもっとも効果的な方法

 私が初めて手がけたグループインタビューは、海外市場への参入を狙う日本の大手企業の商品開発調査でした。具体的には中近東諸国向けの商品開発で、オイルマネーで潤った現地のアラブ人を対象に、製品のコンセプトを提示してその評価を確認するというものでした。午後4時から1グループを実施して、それを終えて、午後6時からもう1つのグループインタビューが予定されていました。25年も前の話ですし、今ではそのようなことは起こっていないとは思いますが、当時は、午後4時になっても5時になっても対象者がひとりも会場に集まらず、肝を冷やした覚えがあります。

 現地のパートナー調査会社の担当者に“対象者がひとりも来ないとはどういうことですか!”と食ってかかると、“大丈夫。ここはアラブです、そのうちに来ますから”、そこで、“そんなことを言っていたら、午後6時からの調査対象者とインタビューが重なってしまうじゃないですか!”、すると“大丈夫、午後6時からの人たちも2時間くらい遅れて来るから心配いりません”。その後、現地のパートナーの言う通りになったことは言うまでもありません。また、グループインタビューが始まってからも問題が起こりました。いよいよ話題が佳境に、というところでインタビューが中断、いったい何が起ったのかと焦る私に現地の調査パートナーは穏やかに、“日没のお祈りの時間です、すぐ終わります”。ことほど左様に日本の常識ではまったく予想不能な現場ならではのアクシデントに見舞われました。

 でもこの驚きは序章に過ぎず、さらに驚くことがその後続出しました。日本企業が開発コンセプトとして提示した商品について、全員が手放しで“すばらしい、そんなすばらしいものがあれば自分は絶対に買いますよ!”その反応を聞いた大手企業のクライアントも私も大喜び。ところが、現地の調査担当者からは思いがけない言葉が。“アラブ人は絶対に相手に対して批判的なことは言いません。どんな商品に対してグループインタビューを実施しても同じような反応がありますから、これぐらいでそんなに喜んではいけません”。そこで、“それではグループインタビューをする意味がないではないですか?”と聞くと、“いやいや、定量調査をすると、おそらく95%が肯定的な回答をするはずです。でも、定量調査ではその理由を聞くのは至難の業ですがグループインタビューであれば、答えている態度で、社交辞令で話しているのか、ちゃんと評価しているのかが判断できます”。たしかにグループインタビューで司会者が、“なぜそれを良いと思うのですか?”と繰り返し質問や回答を促すと、返ってくる答えは“良いと思うから”の一点張り。本当に良いと思っているわけではないことがわかり、かなり気持ちが暗くなりました。

 このグループインタビューのいきなりの洗礼によって、異文化に参入することの難しさを思い知らされた貴重な体験でした。そのときに学んだ教訓は、『日本の常識は世界に通用しないこと、常に予測不能なことが起るのが現場であり、そこで起こったことを自分のモノサシだけで考えないこと』の大切さでした。

 同様に外資系企業が日本市場参入に向けて実施する定性調査は80年代から90年にかけて花盛りでした。今でこそ、「かわいい」や「もったいない」という形容詞は国際的な市民権を得ていますが、おじさんを見て「かわいい!」を連発する日本の女子高校生の感性を欧米企業のマーケターたちが理解できるはずもなく、ついには、「KAWAIINESS」という新生英語までが報告書の中で使用されたほどです。しかし、先ほどのアラブの例も外資系の例も、それぞれの異文化を知る上での生活者インサイトの理解はまだまだ表層的なレベルで十分だったといえますが、日本企業による日本人のインサイト研究となるとまさに心理学の領域にまで踏み込まなければなりませんでした。

 



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